ブラザ—軒に還る ― 菅原克己パッチワーク

菅原克己の詩について、ブラザ—軒を中心に書いてみた。

【はじめに】

 1911年生まれの菅原克己は、1958(昭和33)年、40代も後半に入ってから第二詩集『日の底』を飯塚書店から刊行した。この詩集には、戦後の混乱期の政治活動に悩み、自分の立つべき場所を探ろうとしていたころの菅原が現れている。

 この詩集に収められているのが「ブラザ—軒」だ。高田渡が1997年に曲をつけて歌ったことでもよく知られているこの詩は、菅原克己の代表作としてあげられることも多い。高田渡の歌う10年ほど前、1988年に菅原克己は亡くなっているので、残念ながらこの歌を本人は聞いたことがない。ただ、菅原克己を偲ぶ会の「げんげ忌」で高田渡が歌ったことがあるそうなので、お墓の中では聞いていたかも知れない。

 そういえば2018年が菅原克己の30回忌にあたる。詩集『日の底』が発刊60周年、還暦だ。うれしいことに今でもこの歌は歌い継がれ、この詩も読み継がれている。

 そんな「ブラザ—軒」にまつわるあれやこれやを、パッチワークのようにつなぎ合わせてみて、どんな絵が見えてくるのかためしてみたい。

(1)ブラザ—軒

(2)「父」「妹」

(3)映画的ブラザ—軒

(4)菅原克己

(5)左翼の牧歌時代と初期叙情詩

(6)築地小劇場とその時代

(7)戦後にむかえる転機

(8)ブラザ—軒に還る

(参考資料)



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