• 書籍:日本プロレタリア文学史論

    飛鳥井雅道著 八木書店 昭和57年(1982)

    目次

     序章 思想・感覚・文体

      一 一九一一年の問題

      二 『坑夫』のおかれた場所

      三 『海に生くる人々』と『蟹工船』

     第一章 プロレタリア文学運動の時期区分

      一 「時期区分」の必要さ

      二 「出発点」はどこか

       a 『近代思想』の条件

       b 『種蒔く人』の場合

      三 「第二期」の問題と有効性

       a 『文藝戦線』の発刊

       b 新作家の登場

       c 再統一への機運

      四 「展開」と「崩壊」の時期

       a 「展開」の内容

       b 「崩壊」と長谷川一郎の意味

     第二章 一九二七・八年の情況

      一 問題の所在

      二 震災と文化運動の再出発

      三 福本主義の導入と分裂の時代

      四 一九二八年の「統一」の内容

     第三章 作家同盟の転換期・一九三一ー三三年

      一 一九三一年の蔵原惟人

      二 コップ活動の条件・一九三二年前半

      三 作家同盟の実態・一九三二年後半

      四 社会主義リアリズム論争と作家同盟・一九三三年

      五 むすび  唯研と作家同盟

     第四章 プロレタリア文化運動末期の「政治と文化」

      一 はじめに

      二 蔵原理論の背景

       a 革命の「切迫」

       b ソビエト文学の動向と文学理論

      三 ソビエトにおける社会主義リアリズム

     第五章 平野謙の登場 ーー一九三〇年代を中心に

      一 批判者の無効性

      二 処女作のころ

      三 「リンチ事件」と『断層』論

      四 高見順・伊藤整論、そして中野重治

     第六章 民族主義と社会主義 ーー火野葦平の場合

      一 はじめに

      二 兵隊作家の出身とその作品

      三 おわりに

    【奥付】

    飛鳥井 雅道(あすかい まさみち)

    1934年 東京に生まれる

    1957年 京都大学文学部卒業

    現   在 京都大学人文科学研究所教授

    著   書 『日本の近代文学』

          『近代文化と社会主義』

          『幸徳秋水』

          『日本近代の出発』

          『坂本龍馬』

          『近代の潮流』

          『鴎外 その青春』 ほか


  • 書籍:プロレタリア文学とその時代

    栗原幸夫 著

    インパクト出版会刊 2004年1月

    目次

     増補版まえがき

     序章 知識人左翼の軌跡

     1章 全体的主体 中野重治

     2章 ”戦争と革命の時代” 一九三〇年

     3章 大衆化とは何か 芸術運動のボリシェヴィーキ化

     4章 「政治の優位性」論 批判的傍注

     5章 崩壊の論理 ナルプ解散前後

     あとがきーー方法論

    補遺 起源とその後

     芸術の革命と革命の芸術

     始まり問題ーー文学史における近代と現代

     「大衆化」とプロレタリア大衆文学

     中野重治と転向の問題

     敗北のからの再建の道ーー三〇年代後半の中野重治

     総力戦と中野重治の「抵抗」ーー『斎藤茂吉ノート』

     「戦後文学」の起源について

    解説 栗原幸夫の「文学と政治」 池田浩士

    【奥付から】

    栗原幸夫(くりはらゆきお)

    1927年、東京生まれ

    1950年、慶應義塾大学経済学部卒業

    青木書店、『週刊読書人』、『日本読書新聞』などの編集部に勤務のかたわら、さまざまな新しい運動に関わりつつ、コミュニズム運動史、プロレタリア文学史を研究。

    現在、文学史を読みかえる研究会会員。

    著書

    『転形期の政治と文学』

    『プロレタリア文学とその時代』

    『死者たちの日々』

    『肩書きのない仕事』

    『歴史の道標から』

    『革命幻談 つい昨日の話』

    『歴史のなかの「戦後」』

    『世紀を越える この時代の経験』


  • 書籍:昭和詩史の試み

    思想の科学社 2008年3月

    羽生康二 著

    目次

    第Ⅰ部 昭和詩史の試み

    序 章 変革期の詩人たち  1920年代の詩の状況

    第1章 短詩運動から新散文詩運動へ  北川冬彦が歩んだ道

    第2章 『詩と詩論』と春山行夫

    第3章 プロレタリア詩と中野重治

    第4章 組織と人間  中野重治の場合

    第5章 「覆された宝石」の詩人・西脇順三郎

    第6章 村野四郎『体操詩集』の魅力

    第7章 農民詩人・猪狩満直

    第8章 『春への招待』の詩人・江間章子

    第9章 田木繁と『機械詩集』

    第10章 詩の俳優・小熊秀雄

    第11章 「歌と逆に歌に」をめざした詩人・小野十三郎

    第12章 山之口獏の詩

    第13章 岡本潤と壷井繁治 戦争協力詩の問題をひきずりつづけた二人の詩人

    第14章 モダニズムから出発した抒情詩人・三好達治

    第15章 昭和詩と北川冬彦

    第16章 戦争協力詩をどう考えるか

    第Ⅱ部 十五年戦争と詩人

    第1章 時間と空間の詩人 大江満雄論

    第2章 歌がよみがえるまで 伊藤信吉論

    第3章 戦争協力詩を書かなかった詩人 秋山清論

    第4章 『辻詩集』を読む

    【奥付から】

    羽生 康二(はぶ こうじ)

    1935年生まれ

    1945年まで旧満州国新京市(現在の長春)で育つ。

    1958年慶應義塾大学英文科卒業

    1958〜2000年まで英語教師として慶應義塾高等学校で働いた。

    現在 季刊雑誌『想像』を羽生槙子と一緒に発行

    詩誌『いのちの龍』編集発行

    著書 『ふるさとを持たないこと』

    『近代への呪術師・石牟礼道子』

    『口語自由詩の形成』

    詩集『やさしい動物たち』

    詩集『夢の情景』


  • 書籍:『偏向する強さ』反戦詩の系譜

    井之川巨 著 一葉社 2001年12月21日

    目次

      小野十三郎   短歌的抒情の否定

      壷井繁治    反戦詩人か戦争協力詩人か

      金子みすゞ   弱者にそそぐ目の確かさ

      李陸史     朝鮮独立運動で獄中死

      新井 徹    朝鮮から追放された詩人

      ぬやま・ひろし 頭の中に書かれた獄中詩

      倉橋顕吉    戦時下の文学的抵抗つらぬく

      白石維想楼   井上剣花坊・大杉栄の志つぐ

      中島国夫    軍服を着た反戦川柳人

      西東三鬼    「戦火想望俳句」が弾圧まねく

      秋元不死男   俳句事件が生んだ獄中吟

      尾村馬人    ぼうじゃくばじんの反抗

      鶴 彬     悩み多い詩人として出発

      峠 三吉    クリスチャンから翻身

      船方 一    石炭船で生まれた労働者詩人

      縄田林蔵    雑草のこころをうたう

      山田今次    孤立・後退する反戦詩

      菅原克己    『赤旗』プリンターだった抒情詩人

      吉田嘉七    飢餓島から生まれた厭戦詩

      濱口國雄    加害者として自己剔抉

      錦 米次郎   生涯百姓として風雪に耐える

      押切順三    現実をたんたんと語らせる詩法

      高島青鐘    母をおもい軍隊忌避

      神谷量平    自由律短歌で戦争・天皇を告発

      草津信男    戦争と革命の記憶

      槇村浩と金龍済 「死」と「転向」が分けた二人の詩人

      申有人を解読する五つのキーワード

      女たちの反戦詩 与謝野晶子から栗原貞子へ

      川柳は戦争をどう詠んだか

    【奥付から】

    井之川 巨

    1933年東京生まれ

    詩誌『騒』『原詩人』同人。日本現代詩人会・新日本文学会会員。

    著書『君は反戦詩を知ってるか』

    詩集『詩と状況 おれが人間であることの記憶』

      『死者よ甦れ』

      『オキナワ島唄』

      『石油を食いすぎた胃袋』

      『かみさんと階段』


  • 関根弘の『列島』回想

    詩誌『列島』の復刻版を古本屋で買ったら新聞の切り抜きが入っていた。だれがどういう思いで入れたのか。いろんなことを思う。40年も前の新聞、前の持ち主はお元気でいらっしゃるのだろうか。『列島』にどういう思い出をお持ちだったのだろうか。

    新聞記事の内容は、「列島」の中心メンバーだった関根弘の回顧談。資料としての価値があるかもしれないと考え、ここに採録する。あくまでも研究資料としての扱いにご理解を。


    発表 毎日新聞1979年9月10日

    筆者 関根弘

    タイトル 「列島」のころ

    サブタイトル 復刻版に思い出もさまざま

    本文

     「列島」の復刻版ができた。「列島」は一九五二年から一九五五年まで足かけ四年の間に一二冊出た詩誌で、古典になるには早すぎる気もするが、私たちの青春の記念碑であることにまちがいはなく、復刻版を手にして感慨が湧かないといえば、嘘(うそ)になる。

     「列島」が創刊されたころ、わたしは一時、詩から遠ざかっていた。そこへ九州から出てきた出海渓也がやってきて「荒地」をやっつけなければならないと、わたしを焚(た)きつけた。詩壇の事情に暗かったわたしは、そうか、「荒地」というのはそんなに悪い奴(やつ)なのか、それなら一つ加勢しようと二つ返事で「列島」の創刊に参加したように記憶している。のちに私は「荒地」の非政治主義的立場を批判するが「列島」の編集委員に名をつらねたとき、まず対抗意識だけが先行していた。

      野間宏執筆の発刊の辞

     発刊の辞を野間宏が書いている。それは、詩が日本の全土を蔽(おお)おうとする時代が来ている、という景気のよい書き出しで、当時のサークル詩運動の盛り上がりにふれ、日本人の生活が苦しければただちに詩はその苦しみの姿をくまなく描きだし、それを取り除くように多くの人たちにうったえ、それを取り去る方法を見つけだすだろうという建設的なものだった。

     創刊号は、井出則雄の口ききで、葦会から発刊された。葦会は、山本茂実主宰の「葦」という生活記録雑誌を出していたところである。「葦」はそのころブームだった生活記録運動に支えられて、かくれたベスト・セラーだった雑誌であり、山本茂実は、サークル詩というものも生活記録に似た生活詩と考えて「列島」の発行を自分のところで引き受けたようである。

     「列島」の創刊は注目されたが、世評は一般に手きびしいものであった。作品は、野間宏の発刊の辞にみな背を向けているというのである。他人に批判されるまでもなく、わたし自身も不満だった。創刊号には、いわばお客さんのような気持ちで参加したが、こんなことでは「荒地」をやっつけることはできない。編集を梃(てこ)入れしなければならない。そこで二号は諷刺詩特集号を組むことにしてわたしが推進役を買い、充実したものができたと思った。

     ところが、二号をみてびっくり仰天したのが、山本茂実。いまは「ああ野麦峠」などの記録ものを書いている山本茂実であった。葦会のイメージに合わないとクレームをつけた。二号の表紙は、勅使河原宏が描いた。溶鉱炉に見立てた魚が天を向いて立っている図柄で、みようによってはずいぶん人をバカにしたものであるが、こちらは前衛的な表紙だと信じて疑わなかった。葦会とはこれで袂(たもと)をわかつ。

      資金づくりに苦しんだ

     三号からは、独立して発行所を神田神保町の昭森社のなかに移した。昭森社の机を一つ借りて、発行を継続したのである。これから、わたしたちの金の苦労がはじまる。いつも金に困っているのを傍(そば)でみていたいまは亡き昭森社主、神田のバルザックといわれていた森谷均が自分の所有している小熊秀雄の油絵を売ってくれば、その金は君たちにやるといってくれたので、壺井繁治に買って貰(もら)いにいったことがある。金のことでは野間宏にもずいぶん面倒をかけた。面倒をかけただけならいいが、そのあとでわたしが野間宏を批判したから妙なことになった。

     これは「狼論争」といって、すこしばかり有名になった論争であるが、きっかけは「列島」の編集後記からだった。抵抗詩というのは”狼がきた”といって村人をおどろかして嘘つき少年に似ているのではないか、と書き、論争にまで発展したのである。どしゃ降りの雨の日、早稲田の近くの印刷屋から、でき上がった「列島」を自転車で運んできたこともある。精神だけでなく、わたしの肉体はまだ若々しかった。(詩人)

    ーーー【注】ーーー

     ◇「列島」=昭和二十七年から三十年まで「荒地」とともに詩界をリードした詩誌。関根弘、長谷川龍生、黒田喜夫、清岡卓行、「荒地」同人でもある黒田三郎氏ら多彩な人々が執筆した。この間に出た全十二冊が、こんど土曜美術社から復刻された。限定八百部、一0、000円。

     ◇「荒地」=”制度”をも詩意識に繰り込むという画期的な方法をもたらし、戦後詩を主導した詩・評論誌。昭和二十二年から三十三年まで雑誌六冊、アンソロジー「荒地詩集」を八冊。鮎川信夫、北村太郎、田村隆一、吉本隆明各氏らが活躍した。国文社から復刻版八巻(全十一巻・各一、五00円)がすでに出ている。