関根弘の『列島』回想

詩誌『列島』の復刻版を古本屋で買ったら新聞の切り抜きが入っていた。だれがどういう思いで入れたのか。いろんなことを思う。40年も前の新聞、前の持ち主はお元気でいらっしゃるのだろうか。『列島』にどういう思い出をお持ちだったのだろうか。

新聞記事の内容は、「列島」の中心メンバーだった関根弘の回顧談。資料としての価値があるかもしれないと考え、ここに採録する。あくまでも研究資料としての扱いにご理解を。


発表 毎日新聞1979年9月10日

筆者 関根弘

タイトル 「列島」のころ

サブタイトル 復刻版に思い出もさまざま

本文

 「列島」の復刻版ができた。「列島」は一九五二年から一九五五年まで足かけ四年の間に一二冊出た詩誌で、古典になるには早すぎる気もするが、私たちの青春の記念碑であることにまちがいはなく、復刻版を手にして感慨が湧かないといえば、嘘(うそ)になる。

 「列島」が創刊されたころ、わたしは一時、詩から遠ざかっていた。そこへ九州から出てきた出海渓也がやってきて「荒地」をやっつけなければならないと、わたしを焚(た)きつけた。詩壇の事情に暗かったわたしは、そうか、「荒地」というのはそんなに悪い奴(やつ)なのか、それなら一つ加勢しようと二つ返事で「列島」の創刊に参加したように記憶している。のちに私は「荒地」の非政治主義的立場を批判するが「列島」の編集委員に名をつらねたとき、まず対抗意識だけが先行していた。

  野間宏執筆の発刊の辞

 発刊の辞を野間宏が書いている。それは、詩が日本の全土を蔽(おお)おうとする時代が来ている、という景気のよい書き出しで、当時のサークル詩運動の盛り上がりにふれ、日本人の生活が苦しければただちに詩はその苦しみの姿をくまなく描きだし、それを取り除くように多くの人たちにうったえ、それを取り去る方法を見つけだすだろうという建設的なものだった。

 創刊号は、井出則雄の口ききで、葦会から発刊された。葦会は、山本茂実主宰の「葦」という生活記録雑誌を出していたところである。「葦」はそのころブームだった生活記録運動に支えられて、かくれたベスト・セラーだった雑誌であり、山本茂実は、サークル詩というものも生活記録に似た生活詩と考えて「列島」の発行を自分のところで引き受けたようである。

 「列島」の創刊は注目されたが、世評は一般に手きびしいものであった。作品は、野間宏の発刊の辞にみな背を向けているというのである。他人に批判されるまでもなく、わたし自身も不満だった。創刊号には、いわばお客さんのような気持ちで参加したが、こんなことでは「荒地」をやっつけることはできない。編集を梃(てこ)入れしなければならない。そこで二号は諷刺詩特集号を組むことにしてわたしが推進役を買い、充実したものができたと思った。

 ところが、二号をみてびっくり仰天したのが、山本茂実。いまは「ああ野麦峠」などの記録ものを書いている山本茂実であった。葦会のイメージに合わないとクレームをつけた。二号の表紙は、勅使河原宏が描いた。溶鉱炉に見立てた魚が天を向いて立っている図柄で、みようによってはずいぶん人をバカにしたものであるが、こちらは前衛的な表紙だと信じて疑わなかった。葦会とはこれで袂(たもと)をわかつ。

  資金づくりに苦しんだ

 三号からは、独立して発行所を神田神保町の昭森社のなかに移した。昭森社の机を一つ借りて、発行を継続したのである。これから、わたしたちの金の苦労がはじまる。いつも金に困っているのを傍(そば)でみていたいまは亡き昭森社主、神田のバルザックといわれていた森谷均が自分の所有している小熊秀雄の油絵を売ってくれば、その金は君たちにやるといってくれたので、壺井繁治に買って貰(もら)いにいったことがある。金のことでは野間宏にもずいぶん面倒をかけた。面倒をかけただけならいいが、そのあとでわたしが野間宏を批判したから妙なことになった。

 これは「狼論争」といって、すこしばかり有名になった論争であるが、きっかけは「列島」の編集後記からだった。抵抗詩というのは”狼がきた”といって村人をおどろかして嘘つき少年に似ているのではないか、と書き、論争にまで発展したのである。どしゃ降りの雨の日、早稲田の近くの印刷屋から、でき上がった「列島」を自転車で運んできたこともある。精神だけでなく、わたしの肉体はまだ若々しかった。(詩人)

ーーー【注】ーーー

 ◇「列島」=昭和二十七年から三十年まで「荒地」とともに詩界をリードした詩誌。関根弘、長谷川龍生、黒田喜夫、清岡卓行、「荒地」同人でもある黒田三郎氏ら多彩な人々が執筆した。この間に出た全十二冊が、こんど土曜美術社から復刻された。限定八百部、一0、000円。

 ◇「荒地」=”制度”をも詩意識に繰り込むという画期的な方法をもたらし、戦後詩を主導した詩・評論誌。昭和二十二年から三十三年まで雑誌六冊、アンソロジー「荒地詩集」を八冊。鮎川信夫、北村太郎、田村隆一、吉本隆明各氏らが活躍した。国文社から復刻版八巻(全十一巻・各一、五00円)がすでに出ている。

 


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